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矢切の渡し上流

矢切の渡しと呼ばれる場所は水戸街道の少し南側にあります。

 

今日はその水戸街道より少し北側の写真です。

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奥の方には国府台城から続く高台が見えますね。

国府台城から2Km以上離れた場所なのでこんな所まで防衛ラインを築いていたとは思えませんが、いざと言うときは簡単な柵や堀を作るだけでも高い防御力を発揮できそうです。

 

ここでも亀が甲羅干ししていましたが、

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 真ん中辺りに見える石の上にいるのですが、写真じゃ全く見えませんでした・・・

 

近くに葛西神社があったのですが、ここには駐車場、駐輪場などがないんですね・・・

お参りに来る人は皆さん徒歩で来るんでしょうか?

 

第二次国府台合戦で遠山綱景達が渡った場所を求めて来たのですが、ろくに調べもしないで来たものだからだいぶ上流の方に着いてしまったようです。

しかし遠山綱景達の討死を記録した過去帳がある本土寺は、ここから更に8Km近く北上したところにあります。

国府台城からは10Km近い距離ですが、なぜそんな遠い寺に記録されているんでしょうか?

当時の本土寺周辺は北条方に付いた高城氏の領内になるので、高城氏を目指して北へ敗走して逃げ切れなくなった所をバッサリ、もしくは元々国府台付近も高城氏の領内だったようなので、里見氏が撤退した後に本土寺で弔ったって事も考えられますが、ここはちゃんと調べてみないと何とも言えません。