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沼田城と新府城

昨日ブラタモリ河岸段丘について特集していました。
いや、テーマ自体は大河ドラマ真田丸」にも登場する沼田城なんですが、なぜか河岸段丘の話が中心になっていた様に見えました。

今のところお互い群を抜いてと言うほどではないですが比較的高い視聴率を維持する同じNHKの番組同士、相乗効果を狙っているのでしょうか?

 

河岸段丘という言葉は初めて聞いた気がするのですが、似たような地形を最近見た覚えがありました。
山梨県の韮崎から北に延びる、七里岩と呼ばれる台地です。

 

ここには武田家最期の当主勝頼の城、新府城が築かれました。
未完成の城ながら、高い崖の上にあり、堅牢な要害といった感じの城です。

 

沼田城は台地の端にあり、また城下町も台地の上に集められています。
言ってみれば天然の総構えの様相です。

 

新府城も城は台地上にあり、武田家によるものかは不明らしいが、新府城北方に能見城などの遺稿があるらしい。
七里岩の台地は、沼田城の台地とは比べ物にならないほど面積が広いですが、同じ調子で北方の丘に防衛施設を連続で配置しつつ、台地の喉元ともいえる現在の日野春駅あたりを入り口として強固な防衛施設を作り、それらの城の間に城下町を建造すれば、沼田城同様、七里岩の台地全体が巨大な天然の総構えの城となりそうに見えてくる。

 

それまでの武田家は、甲府躑躅ヶ崎館を本拠とし、信玄は自分の城を作らなかったと言われますが、実際にはすぐ後ろに要害山城と呼ばれる城があり、万が一攻められた場合はここで防衛する事ができます。
信玄自身が生まれた時も、父信虎はここに篭城していたと言われています。
勝頼の時代には祖父信虎の時代とは比べ物にならないほど武田家が巨大化していたため、より大規模で、且つ近代的な城が必要になったのでしょう。

 

新府とは新しい府中。
つまり甲斐国の中心地をここに移すことを意図した現れのようにも見える名前です。
そんな事もあわせて考えると、誇大妄想もあながち有り得ない話では無いような気がしてきますが、実際どうなんでしょうか?
同じ真田氏が作った城と言われることもあって、勝手な妄想が広がります。